So-net無料ブログ作成
検索選択
- | 次の10件

マリオ安倍登場でRIOからTOKYO [オリンピック]

 17日間の世界のスポーツの祭典、リオデジャネイロオリンピックが閉会した。閉会式を何気に眺めていたのだけれど、よくまぁ、ブラジル、リオデジャネイロという政治的、経済的に困難な状況の都市が開催から閉会までよくやったなという感想を持った。開催目には様々な社会問題が噂され、選手も観客もそれなりの覚悟で渡航したと思われる。しかし、一番心配されていたテロがなかっただけでも良かったと思う。閉会式の中で7年前にリオ五輪開催を発表してから絶対に成功させるぞと公言し、リオ五輪は人々の記憶に永遠に刻まれるだろういう、閉会の挨拶の原稿を持った手を思いっきり震わせながら挨拶をしていたリオ五輪大会組織委員長のカルロス・ヌズマン会長の閉会の挨拶に熱い気持ちを感じ、ICOのバッハ会長が、素晴らしい都市で、次世代のレガシー(遺産)を残したと締めくくった。それに大会の裏方のボランティアの皆さんへの感謝の気持ち、世界中から参加されていたことに今更ながら少し感動。考えたらそうだよね、、、

 次の東京五輪への引き継ぎに小池百合子新都知事が金の帯、鶴の刺繍の白い晴れやかな着物で登場したがあいにくの雨の中、ずぶ濡れで旗を受け取ってひと振り(フラッグハンドオーバーセレモニーというらしい)し、終了。え、、これだけなのね。ご挨拶はなし。これだけのために前知事の舛添さんは留まろうとしてたのかと、、まぁ、世界中が注目するセレモニーで会場(マラカナンスタジオ:メイン会場)だけでも20万人だからね、、目の前に20万人って、おしっこちびるね。。次にサプライズでもないが、安倍首相がマリオに扮して登場、これもスピーチなしで退場。引き継ぎ式って結構シンプル。

 リオからTOKYOへという個人的印象ではよく頑張ったブラジルさん、次は先進国のTOKYOに任せてね!という印象で、映されていた映像やARダンスパフォーマンスは色が違うというか、どこか、先進デジタルな香りのする映像だったと思った。もちろん個人的感想なので、間違っていたり、勘違いしていることはあると思うのだけれど、そこはお目こぼしで。椎名林檎がどこまで拘るのかは個人的な興味。。また、NHKさんも最後でいい味出してくれたみたいで、番組欄の閉会式、縦読みで「会いましょう東京で」と、もちろん意図的にやってくれたのかも。TOKYOアピールの中で君が代が流れ、「ARIGATO」「OBRIGADO」(感謝)という言葉が映し出された瞬間、あぁ、日本人っていいなと思った。

 大会の結果は皆さまの方が詳しいと思いますが、日本は金=12 銀=8 銅=21 合計41個のメダル獲得し、国別メダルランキングは6位。番外編としてはマラソンでカンボジア代表として走った猫ひろしが無事完走したり、金正恩のそっくりさんが観覧してたり、ボクシング選手が訴えられたり、日本水泳が強かったり、マラソンボロ負けしたり何だか、話題満載の五輪だったような気がする。4年に一度なので、前回のオリンピックの
ことを忘れてしまっているのでそう感じるのかもしれないけどね。

 続けてパラリンピックが始まるんだけど、これは極端に興味がある人とない人が分かれるのは少し悲しいとこですね。もっと強調するか、本体五輪の間にスケジュールを入れ込むとか無理なものなのかねぇ。。そうすりゃもっと認知度がUPすると思うのだけど、、運営スポンサーさんの税制優遇とかくっつけるとかすれば少しでも変わるんじゃないのかと、勝手に妄想。

 もう一つ忘れてはならないのが五輪終了後の施設や設備の再利用や運営、これは毎回静かに問題になる案件ですよね。なんていうのか、食い荒らされた利権の残骸というのか、五輪特需で建設を頂点にした各種業界利権、無責任な、人のことなんか知ったこっちゃないわ!という感じの税金の食い散らかし、そして再利用による外郭団体の天下り先確保の縮図が人知れず静かに始まるのです。外国のことは知らないけど、日本では大体がこう言う流れなんでしょうか。アメリカでは選手村建物を刑務所にして活用している例があるみたいな記事を読んだ記憶がある。日本では様々な規制枠の中で進んでいくので見えづらくなっている。いつも数年経って、人々が忘れた頃にそういうことが問題なって出てくるんだけど、その時は大体が直接自分の事ではないので知らんぷりだよね。なんとかなんないのかねぇ。

 次回のTOKYO五輪引き継ぎで椎名林檎が音楽監修してたんだけど、どんな関わりをするのか、少し興味。ま、単純にファンだし(笑

歴史に興味を持ったのは40歳を超えてから! [歴史]

 まぁ、アホだったわけですな、簡単に言ってしまえば。学生の時は全くと言っていいほど勉強しませんでしたから。今思えば何でだろ?と疑問符の嵐でこんなに歴史って面白いというか、ミステリーゾーンど真ん中の推理小説の中の主人公にも考古学者にも観客にも疑似体験できるものという感じです。昔からNHKの大河ドラマ、、見なかったし興味の対象はお笑いしかなかったし、どちらかというとアイドルにも全く興味なかったし、ニュースなんてTVからなくなればいいくらいに思っていて、新聞は番組欄しか見なかったり、TV見ない時はお年玉で買ったブラモデルを組み立てては分解し、友達はプラスとマイナスのネジまわしの妄想少年だったわけです。実家の本棚には分厚い百科事典やらなんとか全集みたいなもんが並んでたけど全く手を付けた記憶もない。愛読書は「科学と学習」の科学、一つ上の姉は学習で、さすがにいい学校へ入ったと今更ながら変なネジ曲がり方(笑 一度だけ小学生の頃、姉と大喧嘩して空手チョップ!と言いながら首筋めがけてチョップしたら大泣きされて親父にシばかれるなと、、ビビった思い出は内緒にしておこう。

 さて、歴史の話なんだけども、日本史と世界史で最初に興味を持ったのが世界史の方なんだな。なぜかっていうとYouTubeの影響がでかい。基本アホなので戦争の映像かっこええ~という(決してヤバい反社会的思考ではないのでご安心を)きっかけで、第二次世界大戦の映像からなのです。というか、なぜ第二次世界大戦が勃発したのかというところに興味を感じ、調べてみたいなということだったわけです。そこから逆行して第一次世界大戦、世界の勢力図、貿易、経済、宗教という表面的な逆説的つながりがだんだんと「知りたい」に変化してしまったというわけなんですね。世界史では宗教戦争へと繋がっていき、人種問題が絡み、経済、利権問題、等々まぁ、ひどい(笑 世界ってどうなのよ、、と。それらを紐解くには膨大な時間と検証のための書籍と理解をするための時間が必要だわ、、と勝手に学者になりきり、どしどし関連の読み物を漁る日々。ある日、こりゃ金にもならない趣味の領域を出ないように世界史はこの辺で一旦お休みにして、日本史をちょいとまたまた第二次世界大戦から逆算してみようか、、と思って調べたり読んだり聞いたり、、ありゃまぁ、これも複雑に利権問題かいな、、と半分がっかりしたり、日本の場合は資源問題があるので仕方ないよね~~と勝手に半分納得し、もっと時代を遡ることにしたんだよね。

 なんで学校で教える歴史は興味持てなかったのだろうって考えることがある。ほんの少しの興味のきっかけからどんどん連鎖して興味が広がる感じというか、まるでパスカルの「人間は考える葦である」の言葉通りどんどん引き込まれていくのがわかる。学校の授業ってそりゃ時間の制約があるので理解はできるんだけど、教科書からダメだなと思う。日本の歴史の最初がタテとかヨコ穴式住居で貝食ってました。だから興味湧かないって。次の記憶が卑弥呼で金印で、今は記述が違ってきてるけど、次の記憶は仁徳天皇陵の前方後円墳でガキの感覚ではスケール感なんて湧かないって、、大人になって初めて車で周りを走ってやっとデカさがわかるくらいで。あとの授業的歴史の記憶は、、ない。そもそも授業以外で調べてみようとかの興味の扉を開ける鍵が見つけられないということが原因なのかもしれないなぁ。まぁ、真面目に勉強しなかった私の落ち度ということで少しだけミステリアスな歴史をあくまで趣味としてひと~つずつ考えていこう。

 今思い返せば興味を持つ大きなきっかけが何個かあって、宗教、神道、歴史上人物、史跡、世界とのつながり、それらが大きなうねりのような感じで繋がってるんだなと感じたことが興味のきっかけでもあって、地面に小さな穴が空いていて、それを覗いてみると中は深く大きく底が見えない感じというのか、数段のはしごだけが付いていて少しだけ降りることができるんだけどそこから先は自分で伸ばしていかなきゃいけない、、って感じ。まるで芥川龍之介の蜘蛛の糸の逆バージョンだなと思ったりして(笑 自分自身、欲張りで、知りたいことは調べられないと嫌だと思う自分と今のデジタルな時代だからこそ調べられることの有益さを最大限に利用できるとこの限界点まで一度やってみようと思い立ったわけですな! ちょっとまとめながらコツコツ書いていきます。
タグ:歴史

撮れるか!2016はくちょう座κ流星群 [流星群]

 前回のペルセウス座流星群に続き今回は、はくちょう座の近所にお住まいのカッパさん家から飛んでくる流星群を観察。カッパさんっていうのはアルファ、ベータ、ガンマって奴のギリシャ文字の10番目の「κ:カッパ」です。はくちょう座って夏の星座では探しやすくて夏の大三角形と言われている明るい三つの星の一つがこのはくちょう座のしっぽのとこの星みたいで、羽をうにょっと伸ばしているその先っぽのとこのお隣さんがカッパさんです(正確ではない:あくまで私見で説明しています。)そこを大体中心にして360度星が降ってくるという感じでしょうか。昨夜は満月に近いお月さんが一晩中空に浮いているので観察には最も適さないと言われているのだが、そこは、興味を持ってしまったものはしょうがない。それも都心で、、山の中や僻地へ出向いてまで観察する気は今のところない私としては、頭の中で無理っぽ85%、期待15%くらいで涼み散歩で河原へ。空を見上げると、おっ!早速!? やけにノロい流星かと思いきや飛行機飛びまくりです。

 目を凝らして夜空を見つめていると不思議なもので脳内再生されて流星が飛びまくる。それも団体さんでやってくる。独り言でおっ!とかうっ!とか言いながら空を見つめている変なおっさんという感じ。基本はくちょう座方向は西側低めなんだけども地面に近いとこはモヤがかかっていてビルやネオンの向こう側はグレー一色という感じで宜しくない。最初は割と方角がきになるもんなんだけど段々と夜空が見えやすい方向へ視線が移っていく。気づくと45度くらいはずれたとこ見てたりする。いつものように当然微速度撮影して後でつないでムービーにしようかなという思惑で撮っているんだけど、星よりも気になる存在が雲で、これまでは雲って遠いとこから流れてきて観察や撮影の邪魔するんだと思ってた時期があった。だから出掛ける前に天気図見て、衛星画像見ながら雲がかかってないか予測をするんだけど、まぁ、皆さん、騙されてはいけません!雲って流れてくるだけじゃないんです。そこで発生してるんです。ウニョウニョと成長するのですよ。肉眼では雲の発生はわからないんです。ヤツらはじわじわと広がっているのです。いつまでたっても雲が晴れないなぁと思ったら、それはそこで発生しています(笑

 ふと夜空から足元へ視線を落とすときた時は暗かった足元が明るく、月明かりというのは本当に明るいもんだなと感心する。慣れてしまっている都会の明るさにこんな時だけ嫌になり、田舎に住みたいと思うことがたまにある。昔、母の再婚先に訪ねたことを思い出した。日本海側で島根県のほぼ端の方の農村というか山村で道は一本道でバスは1日4往復、最寄りのJRの駅前で数台のタクシーに名前を言うと家まで行ってくれるというような感じの良い意味でも悪い意味でもあるド田舎。夜になりタバコが切れ、買ってこようと外に出たら見事に「真っ黒」真っ暗ではなくて真っ黒。光がない。懐中電灯がなければ真っ直ぐに歩けない状態でタバコ買いに出た。その時にタバコ屋さん開けといてもらうように電話しとくわ、、という謎のお伝え。変なの、、と思いながら約片道800m小さな小山を迂回して小さな明かり発見。普通の民家。あ、そいうことねと納得。いい思い出というか記憶の1ページにしっかり残っている真っ暗闇。なんとなく都会に住んでいるとたまに思い出す。

 いつも無理な場所で無理に星や星座を見つけようと夏の間は風に吹かれて涼散歩撮影しているんですが、今まで全く綺麗なの撮ったことはないってことではありません。キャンプに行く時はキャンプ道具よりも撮影関連機材の方が多くなるけどそれなりに感動することも多しなのです。ただ、夏のキャンプは朝露との攻防戦で、どのタイミングで機材を避難させるかという見極めが大事で、一度朝まで撮ろうと外でイスに座ってウトウトしてたらそのまま爆睡してしまい、気づいた時は全身シャワーをかけられたようにビッショビショで懲り、冬はバッテリーとの戦いや氷のように冷たくなった三脚や機材の持ち運び、暗闇の中から飛び出してくる鹿の恐怖、海外では東南アジア方面ではホテルでの強烈な冷房とレンズの結露との戦いなどなど、、いろいろありますなぁ。。

 ということで今回のカッパ観測(カッパ見に行ったわけではないw)は見事に当初の計画通り見ることできず、都会+満月+雲の三拍子が揃い、お盆の流星群観測&観察はこれにて一旦終了。webをいろいろと見ていると本当に綺麗な写真を撮られている方がゴマンとおられて、私のような失敗談はあまり見ないんだけど絶対言わないだけど居るよね、、こんな人(笑
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:芸能

2016年ペルセウス座流星群を見たのか! [ペルセウス流星群]

 皆さんは見ることができましたか?私の場合、まぁ、単なる思いつきというかwebニュースで夏の一大イベント的な記事を読んで、何となく見てみるか、、というくらいの感じでした。
8月12日の深夜から意気込んで夜中の散歩がてら、カメラと三脚を抱えて出かけました。この日は24時(13日0時)から26時(13日2時)くらいまでは地上を基準にして約30度くらいまで見上げたところまで雲が流れていて期待せずに眺めていました。そしたら真上にすーーっと流れた。それも結構デかい流星。こりゃ撮れるかなと北の夜空に向けてカメラをセット!流れる雲の間から星が見えて、期待はするもののなかなか次のやつが流れない!20秒露出で微速度撮影しているので一度決めた画角を変えることは御法度よろしく、じっと我慢。そしたらやっと来ましたよ。また尾が長いというのか光跡が長いというのか、丁度レンズの画角のほんの外。感覚で外れたとわかった。でも、まぁ、流星群の中でもどしどし流れると書いてあったので諦めずにそのまま「待て!」状態で暗闇の中空を、ただひたすらに夜空を見つめていました。次に来たのは線香花火の最後の玉がポトッと落ちるような物悲しい「ふわっ」とした光跡。しかも、またもや広角レンズの画角から外れたとわかった。

 今まで何回か星空や流星を撮りには行ったことがあるのだけれど、その都度思うことがある。それは、なんで広角レンズの画角のほんの少し外に外れて星は流れるの?という単純に狙いどころとカンが悪いという解りきった結論は黙っておこう。今年は天の川(ミルキーウエイ)をどこかで撮りたいと思っているのだけれど、何となく出不精気味というか、キンキンに冷えたビールに負けているというか、いや、はっきりと負けている。去年から満月お月様は何回も写真動画も撮っていて飽き気味で昨夜も満月は撮っとくか、、と動画だけ撮って帰って見てみるとまぁ、満月のお月さんがミニ太陽みたいにモヤモヤ モリャモリャと夏の昼間の陽炎がかっているような感じで見れたもんじゃない。満月も鼻水垂らしながら冬に撮らなきゃいけないのか、、と再認識しましたわ。お月様の話は横道なのでこの辺りにしとこうかな。

 まぁ、表題通り流星群を見るぞ!という目的は果たしているので満足なのだけど、TimeLapsにしようと思っていた思惑が外れてしまったことは残念。また、世の中には天体好きな方が結構いらっしゃるみたいなことには少し驚きつつ色んな疑問も湧き出るわけです。夜空を見上げてじっと目を凝らすとわずかに点々と星を見ることができ、あれが夏の大三角形、あれが何座で、あれが何という星で、、、全く理解できません。理解ができないというのか星を知らない人なので、何から興味を持てばいいのかわからないというのが正確なところでしょうか。今の時代、iPhoneやiPadのアプリで星座の説明をしてくれるものがあるし、自分の持っているiPhoneとiPadに入れてある。しかし、しかしである、全く見方がわからない。ARで実際の夜空で照らし合わせても誤差の関係で星の位置が違うので頭の中で修正が出来ず瞬間でフリーズ状態になるのである。そして何より何とか座の数の多い事、、こりゃ、暗記もできないし、その気が失せるほどの数にいつも何となく眺めては閉じを繰り返しているけど未だにその理解の切り口が見つからない。今の所地平線と東西南北の表示だけを見るアプリになっている。一体興味のある人たちは何きっかけで天体好きになっていったのだろうか。

 星や月に限らず夜中に夜景の写真や動画撮ってたりすると必ず声をかけられる。何を撮ってるんですか?って。機嫌が良い時はあぁ、今これこれを撮っていますって話せるけど、半分眠い時や疲れている時に声をかけられるとムカつく時がある。そいう時は無視するかシラーン顔してるか思いっきり難しい顔しているな。何でかっていうと理由があって、何年か前に満月撮ってる時に酔っ払いにカメラの位置ずらされたりとかあって警戒してしまう。街中で撮るってほんとにリスク多い。もちろん邪魔にならないとこにセッティングしているのでたまに半分水路に落ちかけて立ってたりもある。車道ギリギリの時は生きた心地がしない。夜中も早朝もなぜか寄ってくるしわざと寄せてくる。一度ワンボックスミラーが肩をわずかに擦ってきた時は本当に怖かった。と、とりとめないお話でした。
- | 次の10件

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。